「あの、すみません…」
「はい。何かお探しですか?」
「実はウェディング用に靴を探していて…」
「パーティ用に履かれるパンプスですか?当日着ていかれる服は決まっていらっしゃいますか?」
「あ、違うんです!私の結婚式で履く靴なんですけど、中々気に入るものが見つからなくて…。こちらのお店が前から気になってたものですからちょっと覗いてみたんですよ」
「あ、そうなんですね!ありがとうございます。いや、おめでとうございます!で、ドレスはどんなデザインなんですか?」

俄然、燃えてきた!
お客さまの為に似合うものを探すって凄いことだよな…と今はポジティブに考えられるようになったが、私は元々デザイナー志望だった。

念願かなって、シューズメーカーに入社。うちの会社では、新入社員は店で販売員として半年間の研修を行う。

こんなデザインじゃ売れないよね。
どこをどう勧めればいいのか分からないよ。
確かにこれは中々、売るのが大変そうね(笑)。
店の奥で仲間とそんな話をして笑っていた。
この時は「店での販売経験はデザイナーになる為の下積みだ」そんな思いを持ちながら店頭に立っていた。

半年間の研修を終え、デザインチームへめでたく配属された。
もう、夢かなっちゃった?
これからが私の本領発揮よ(笑)。
そんな浮かれ気分でいたのも束の間。あっという間に月日が流れた。

まぁ、自分的には順調にデザイナーとしてのキャリアを積み上げてきた3年間。自分の気に入るデザインも作れ、そこそこのヒット商品も生み出すこともできた。自分で自分を褒めてあげようと思いながら過ごしてきた。

でも3年もすると、デザイナーとして「イイ感じになってきたんじゃない?」と思う一方で、会社からは次のステップアップを求められてくる。
キャリアアップしていかなくてはならないのは重々承知なのだが、イマイチ何をしたらいいのか分からない。デザイナーとしての自信があるはずなのに、さらにステップアップするって何をすればいいんだろう?と呑気に構えつつ、焦っていた。
このままデザイナーで良いのかな?
心が揺らいでいる。
夢がかなってしまったから、そんな気持ちになるのかな?そんなコトを漠然と考えていた…。

心ここにあらずな日々を過ごしていると、人は必ずと言っていいほどミスを起こす。
最近いいアイデアが浮かばない。
忙しさにかまけて、何をやっていきたいかなんて考えているようで、考えていなかった。
そんな時に限って「ちょっとぉ!あなただから言うけど、最近出してくるデザイン、イマイチじゃない??」と上司のダメ出しが来る。
あぁ、やっぱりデザインにも表れてたのかぁ…そんなコトをあーだこーだ言う上司の前で考えていた。

「ねぇ最近、お店とか街とか見に行ってる?お客様の顔、見えてる?」

あぁ、そういえば店に足運んでなかったわ…
自分のことばかり優先して、自分が今履いてみたい靴ばかりチェックしてたな…
しかも、この3年間はそれでヒットも出せちゃったりしたから、あんまり世の中のコト考えていなかったかも…

反省とも取れない言葉が、頭の中をぐるぐると廻っている。

「あのね。デザイナーとしては良いと思うんだ。それなりに売れるものも出せているからね。でも、それってデザイナーとしてどうなのかな?私が思うデザイナーの悦びって結局はお客様に喜んでもらえることじゃないかなって思うんだ。お客に『デザインは良いけど使い心地はイマイチだ』なんて思って欲しくないじゃない?逆もまたしかりで…。今までは自分の好きにやって来れただろうけど、これからはそうもいかなくなってくるよ」

そうだよな…。

研修で店頭にいた日々を思い出した。
「こんなデザインじゃ売れない」と笑っていた自分に、今、売れないデザインを出してしまった自分の板挟みにあい、ちょっと笑ってしまった。
いや、笑っている場合じゃないんだけどね。

順調にいけば研修後は晴れてデザインチームの仲間入り。店頭は下積み。それを考えれば接客の仕事はどうってことない。
むしろ、この経験をモノづくりに生かすくらいじゃないと。って頭では考えて、研修を受けていたはずなのにね…

おかしいな。

「ね。あなたさえ良ければだけど、また店頭立ってみない?」

そうかもしれないな…。

確かに、自分に何か足りてないのを埋めるのは、もしかすると店にあるんじゃないかと感じ始めている自分がいた。

とはいっても自分から「店に行きたい」なんて言えなかった。言えるわけないよ。
販売は下積みだって思っていた人間だし…

「お待たせしました!こちらはいかがですか?写真で見せていただいたドレスに絶対合うと思うんです。あと、この形のヒールは疲れにくいんですよ。こういう自分が主役で緊張する場で足が疲れたり、痛いと良い顔できないじゃないですか。」

上司の言葉に背中を押され、店頭に戻ってきて、もう10年になった。
販売は下積み?いやいや、これからはデザイナーの経験を接客に生かしていった方がいいですよ。と自信を持って言える。

この記事を書いた人

苫米地香織

日本で一番アパレル販売員を取材しているファッションジャーナリスト
販売員として働きだすが1年で挫折し、アパレル企画会社に転職。独立後は衣装制作、グラフィックデザイナー、ライターとして活動し、現在はファッション業界誌を中心に執筆。これまで取材してきたアパレル販売員は2000人を超える。