定期的に「あの人のあの作品は模倣だった」というニュースが話題になる。しかも、ネットの影響もあってかネット論客の言動が加熱し過ぎて怖いとすら思う。特に「模倣は悪」というくらい強い言葉が、若い人たちにとって「真似することは絶対やっちゃダメなんだ」となって、かえって行動を委縮させるのではないかと思ってしまう。

もちろん真似をした作品で、賞を得たり、金銭をいただいたり、何なら私のオリジナルだといったりするのはNGだ。これは当たり前のこと。それとこれとは別だ。
ただ、若いうちは誰もが年長者の模倣・真似をすることで物事に興味を持ったり、絵が上達したり、文章が上手くなったりしていくのは間違いない。そして、ある程度上達してきたら自分のやり易い方法を取り入れ、やがて“オリジナリティ”が確立されていく。
成長とはそういう課程なのではないのかなと思う。

そうなると、これからの課題は模倣から学ぶ?、模倣するときの所作?みたいなことを勉強する時間があるといいのはないかと感じた。例えば件の作文だと、作文を書く上で参考資料から文章をマルっと写すのであれば「引用の書き方」を勉強して、そう書けばいいわけだ。子どもたちに、ただ自由に作文を書かせるのではなく、「論文の書き方」を教えればいいだけのこと。

余談だが……私は子どもの頃、作文を書くのは苦手だった。特に読書感想文を書くのが苦だった。それが独学で論文の書き方を勉強して、何とかここまで書けるようになった。これを国語の授業で教えてくれればいいだけのことじゃないのかと思う。

アパレルメーカーのデザインの件も同じだ。
ネットで拾ったなら、出所を探り、許可を得ればいい。ただそれだけの手間を惜しんではいけないし、上に立つ人はそれを見越して仕事を頼むくらいでなければいけないと思うのだ。

ビジネスにおいても、『二番煎じ』という言葉があるように上手くいっている人の真似をしてみることからはじめてみて、コツを掴めたら自分らしさを加えてオリジナリティを出していく。というのが、ビジネスのやり方ではないだろうか。
なのに、近年は真似のままでやり続けてしまい、オリジナリティがないことが問題なのだ。これでは成長なんてしいないわけだ……。

こうやって書き連ねてみると、この「模倣」の問題は我々大人たちの心の余裕や今の時代に合った教養がないことから起きている問題なのかもしれないな……これはまずい。

絵画や版画、作家としても有名な池田満寿夫氏の言葉で『すべての創造は模倣から出発する』がある。
いきなり誰もがオリジナルなことを考えるのは、相当難しいこと。だから、まずは上手な人を真似てみることからはじめてみよう。ということだ。
先日、ある取材でも「接客のスペシャリストがやっていることを真似してみよう。それができるようになってから、自分らしさを加えていけばいい」という話を聞いたところ。
『すべての創造は模倣から』が大前提であることを肝に銘じ、真似る時の所作みたいなものを身に付けておきたいですね。そして、真似たことに恥じることなく、真似した方をリスペクトして称えることを忘れない。
さらに、そこからオリジナリティを作っていけるように成長しなくてはいけませんな。

この記事を書いた人

苫米地香織

日本で一番アパレル販売員を取材しているファッションジャーナリスト
販売員として働きだすが1年で挫折し、アパレル企画会社に転職。独立後は衣装制作、グラフィックデザイナー、ライターとして活動し、現在はファッション業界誌を中心に執筆。これまで取材してきたアパレル販売員は2000人を超える。